象徴一四 己の尻尾を喰らう龍。



むごき飢餓こそ導きて ヒドラは己の脚を喰ふ

人肉喰らへと ひとをも誘ふ

さて龍ならば如何にせむ 己が尻尾を 咬みて喰らひて飲み込みて

かくして自身のおほかたを 己の食ひ物となす

剣と飢餓との封印により これや龍をば征すべし

をのれを喰らひて吐き出して みづから果てては立ち返り

をのが自身を蘇らすべく


「蛇飲む蛇は龍となる、其奴は泥棒や殺人者のごとく同族に猛威をふるう、くいものにする」というものが古代人の格言にある。アフリカには数多くとてつもない大きさの大蛇がいて、これはアレキサンダー大王軍の一部すら滅ぼしたという。エチオピアのアスケアンでは、そういう巨大な大蛇を飼っており、これらはともどもに群れをつくっては、その鎌首をもたげつつ牧草地への道を進んだという。またインドの王は二頭の龍を育てたとも伝わっている。一匹は八〇、もう一匹は九〇キュビトの大きさがあった。近年の報告では、船の主帆柱と等しい大蛇がアンゴラの近くで発見されている。このようなわけで、インドやアフリカの山には莫大な黄金の鉱脈があるのだが、それは龍たちに守られているため、何者もそれに近付けないのである。山から流れ出る河川の水源に龍は住んでおり、そのような場所に偶然にも鉱脈があるものだから、それを守っているように言われるのであろう。
 そういうわけで哲学者たちは『金羊毛』や『ヘスペリデスの園』や、化学的な主題の人物で言えばカドモスやサトゥルヌスやアスクレピオスや、雌雄の蛇の巻き付いたカドゥケウスの杖をもったメルクリウスのような彼らの《宝庫》にたくさんの龍を割り当てた。哲学者らの意味する《龍》は、化学的な主題以外のなにものでもない。だからこそ賢者らは「山ハ龍ニれびすヲ与ヘ、大地ハ源泉ヲメグム」と言うのだ。そして賢者らは、これに己の尻尾を喰らわせることで、この龍の極度の飢餓をあらわしている。歳月が円環に似ており、自分自身に戻ってゆくこととしてこれを解釈する者がいるけれども、それはまず哲学者らによってその作業内容に照応されたものである。哲学者はこの龍によって、このような大蛇をして同族を喰らうものとしてとらえた。そしてこれは《硫黄》と呼ばれてより明らかにされ、無数の述懐のなかであらゆる賢者が繰り返すところである。
 ライムンドゥス・ルルスは『覚書』第三一章で「息子よ、これは硫黄である。己の尻尾を喰らう大蛇、龍、堂々たる優勢の獅子、鋭い剣の一撃、万物の抑制と分裂である」と述べる。さらに『哲学者の薔薇園』には「龍はその兄妹に殺されるのでなければ、死ぬ(染める)ことがない」とあり、更にその少し後でには「龍とは、肉体と、魂と、霊とから抽出された活ける銀である」と記されている。同じところでこれは「激しき悪臭の水」という別の名前でも呼ばれており、諸元素の分離の後に得られるということである。さて龍は、流暢な有毒の湿った部分を消滅させるときに、おのれの尻尾をむさぼり喰うと云われ、それゆえその後、尻尾のなくなったそれは、でっぷりと太って緩慢な動きをしているように見えるだろう、あたかもその運動と回転が、大部分をその尻尾に依っていたかのように。
 他の動物はその足で動くが、大蛇や龍やそういう害獣の類はその体の収縮と伸張をつかい、これを足の代わりとする。そして流れる水のように、あちらこちらとたゆたう。だから蛇のごとくに進路をうねりめぐって走る河に見立てられるのであろう。それゆえ哲学者らは、理由なしに《水銀》を大蛇の名によって呼んだのでなく、理由なしに大蛇にメルクリウスを与えたのではなかった。尻尾を引き寄せては、ときにこのように走るときに充分な重さをもって走るのを、確認してのことである。大蛇はそのように動き、メルクリウスも同様であるがゆえに、それは足と頭に*翼をもっているのだ。アフリカには飛ぶ大蛇が存在すると報告されているが、イビス(トキ=コウノトリ)と呼ばれる鳥に滅ぼされぬまで、各地で住民が喰らわれその人工を減らすという。イビスがエジプト人の聖像のなかに位置している理由は、その能力が明白に各地で知れ渡っていたためであり、また聖なる理由からであるが、それを理解する者は少ない。
 これら龍族は己の尻尾を喰ってしまうとその古い皮膚を脱ぎ捨てるが、これは新しい皮膚を得るのみならず若さを刷新しているともいわれる。このように自然が永い生命を賦与しているのはカラスや渡鴉、ワシ、ヒバリ、鹿のみならず、蛇の族も同様なのである。歳経た蟻もまた翼をもっている。多くの毛虫の類も同じであろう。齢を重ねたひとは大地に還るが、大地から上方に送られれば、永遠の生命を神聖にされる。
 蛇を焚くことでつくられる散薬は、いかなる毒にも効果的にはたらき、ひじょうに良い効果をもたらす。このように、みずからの尻尾を喰らう蛇(毒蛇から切り取られる尻尾であることもあるが)からつくられた*解毒剤(アレキファーマクム)は、不幸と病気に対して最も効果的な医薬である。

 
 
inserted by FC2 system