象徴二八 王は黒き苦痛を癒すため蒸気風呂に入浴す。此は医師ファルトの処方なり。



*デュネク王 緑獅子の武具に輝きたれども

胆汁に膨れて冷酷なる振舞ひにおよびぬ

此処に参上したるは医師ファルト

本復ちかひて蒸気風呂をぞしつらへたる

硝子の迫持のもと 王は風呂をば浴びに浴び

潤める霧にて胆汁の質より解き放たれにけり


 胃、肝臓、血管という人体の三つの消化機能は、それぞれに対応した有機的な排出をしたがえており、これらが日々の分泌過程にはたらき、余剰を処理している。胃が消化したものは便として通じ、肝臓は尿をつくり、血管は全身の毛穴からの呼気に乗じて発汗をさせる。最初の過程は*乳糜を、第二は*糜汁を、第三は露ほどの微細な物質を練り上げ、これらを全身に行き渡らせる。便は重厚な胆汁質のものであり、腸を通じて運ばれるが、それが妨げられても下剤を使えばいつなりと加減をきかせて排出させることができる。尿は液体で便よりは希薄、胆汁質で塩分を含み腎臓や膀胱の働きで尿道を通過する。

 三番目の余分物としての汗は尿よりもなおいっそう希薄にして微細であるので、排出の役割はひじょうに小さな毛穴が担っており、体液の獎とともに体外に運び出される。尿が利尿剤によって促されるとおなじく、汗は発汗薬に補助させることが可能である。しかし古代ギリシアやローマの人々は、この発汗という余剰の排泄にかなりの努力を払ってきた。これを目的として朝に全身を摩擦したり、油を塗ったり、相撲や剣術や駆走、手球、庭球などの運動や体操に精を出し、河川や風呂で入浴し、日々に身体の洗浄に勤しんでいたものである。発汗作用に便宜を図るためローマではじつに多くの荘厳な建築物がつくられた。我々にしてみればこの営為を真似ることを忘れ、ただ賞賛するばかりのものである。その例のひとつが、ディオクレティアヌスの風呂にみられる通りであって、これはまだ大部分が現存している。大天使に捧げられたものと思い込むほどに高く聳えた、目もあやなる壮麗の建築作品である。

 前に述べたような混成は、金属種の合成過程にも存することである。第一は《偉大なる年(マグニュス・アニュス)》の流儀に従い、超天球層の変転のさなかに、第二は最下層の天球にて、第三は中層域にて形成されるのである。哲学者らは、術に補助させることでこの過剰物、排泄物の塊をより簡単に抽き出すのであるが、このために賢者たちは、洗浄、瀉下浄化、水浴、*ラコニカあるいは蒸気風呂などのいくつかの手法を編み出したのである。これらを処方することで術者は哲学的作業を、医師が人体に施すように執り行うのである。デュネク王は医師ファルトに用意されたラコニクムへと案内され、そこで王は毛穴から汗をかき、第三合成の余剰を排出する。王の憂鬱性の病状はひとを気難しくさせ、そのおかげで王は周囲の皇族のなかにあってすっかり権威尊崇を失墜させており、土星の陰気陰鬱と、火星の短気癇癪、すなわち憤激と逆上に満たされていたのである。王は死をすら願い、叶うならば何とかして救われなんと願っていた。多くの医師たちの中から、王を救う任務を引き受ける者が選出され、報酬と哀願が医師に依頼を受諾させる。この寓話は哲学者らの著作に頻繁に現れる斯術に馴染み深いものであり、*ベルナルドゥス・アラヌゥスのようなものたちが『デュネクについての論』などの数えきれぬ著作をものしている。

 そこここに散見される幾例の次第をこまかに挙げることはするまい。ここでは排泄と入浴というものが合成物をいかに排泄させるかという主眼に立ち返ろう。暖房や風呂の熱気であたたまった身体は、体内の熱気を血液にのせて体表の皮膚にはこび、顔や全身に美しい肌つやをみせる。それは肌に悪い影響を及ぼす憂鬱性の陰鬱が、それと気付かぬままに排出されている徴でもあり、そのようにしてすべての体液気質が適正にはたらけば、純粋な薔薇色の血液が生成されてゆくのである。そのようにして肉体の体質、すべての気質は修正、改善される必要があり、とりわけ健康な血液を生成するためには《冷》《湿》が《熱》《乾》に変換されねばならないのである。そして、そうした施術の可否に関わらず、こうしたことの前兆を予知し予告することが哲学者には求められている。

 いやしき職人にすぎぬものを、偉大なる皇子だのと見誤る者があるが、出自と徳性などの徴からついには人物の本質を見抜くこととなる。こうした思い違いを起こさぬよう、真実の王の子孫を選出するに、賢者はまこと注意深くなければならない。黄金の衣装を纏った壮麗な姿に欺かれることなく、たとえ見下げ果てるような鉛色に陰鬱の様相を呈すれども、その貶められた地位に王を拒み、あるいはこれに代理を据えさせたりしてはならない。慎重な浄化を経ることで、王族の才覚はまざまざと現れ出るものである。キュロスやパリス、ロムルスなどは村落に育ったものである。さらに注意に値するのは、件の風呂は、蒸気を発して発汗を促すラコニクムであることで、これは肌を焦がすことも、毛穴を妨げることもない。そのようなことが生じてしまえば、利益よりも害が進行し、その悪影響は治療されがたい。最後に、入浴後の王がどんな衣装を纏うかについて無駄な労苦は避けるべきである。アルキノス王の娘が酔いつぶれて裸のユリシーズに服を与えたように、最も高価なる者には贈られるべき唯ひとつのものがある。それによって太陽の子孫であることをあるがままに承認されるのである。


 
 
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