象徴三二 水底に生え、気中に堅くなる珊瑚、石もまたそのごとし。



うるおいの水草やシチリア洋の潮流のもとに生ふ

ぬるき水に幾重にも枝を矯む

珊瑚とよばるその草 強張るは

凍れる北の方より北風(ボレアス) 氷結もたらすがゆえ

数多の樹枝を朱に染め そは石と変はる

こは自然の石たるものの適ひたる表象なり


 哲学者たちは《石》を野菜とか植物とか呼ぶこともあるが、これは《石》が農作物のように倍加成長するとされるためである。だが無学な者たちにとってはこれほど奇妙で信じがたいこともなかろう。だいたい石などというものは、そのように成長するものではないし、内部に液状の金属を溜めていることなどはとても信じられないからである。けれども、己の知らぬものは自然界に存せぬものと思い込み、すなわち自身の許容によってしか宇宙の広漠をはかれぬ者は、その判断に裏切られることになる。そもそも、ものの著者らに依った信じうる経験知識がなければ、石が水底で成長するとか、あるいは水底で成長する植物が石となることなど、誰が信じえたものであろうか。それを石化させ着色する力は、水からか、風からか、いったい何処から来るのか。水底で珊瑚は、土のような性質ながらも植物のようにしなやかで、だがいったん刈られて風に晒されれば硬化し、石のようなって脆く壊れやすいかたちにかわる。《水》のうるおいは、冷たく乾いた北《風》によって干上がり、のこった《地》の土塊は、冷と乾の資質のために凝結硬化する。この収縮あるいは結束力を惹起しているのは、ただ《地》だけである。《風》と《水》の元素には別の資質があり、そのような作用はもたらさないのである。

 海はいろいろな場所から三種の薬効ある石を産する。それらは植物種や動物種からもたらされもするが、大部分は自然の神秘的な力によって形成されるものであって、たとえば真珠、琥珀、龍涎香などである。真珠については採取方法が判明しているが、他のものについてはよく分かっていない。琥珀は、つよい北西の風が吹きつけた後のスカンディナヴィア海沿岸で採取されるが、これは陸地から海流へと運ばれて水中で洗われ岸辺に打ち上げられるものと思われる。というのも、大地の中でしか生長しないはずの金や銀が、この琥珀のなかで模様をなしているのを見ることが出来るからである。あるいは蠅などの羽虫や蜘蛛、蝶、蛙や蛇などがその欠片に封じられていることもある。実際、我々の手元にある百二十粒の琥珀にはどれも蠅や羽虫や蜘蛛や蝶などが含有されており、うちひとつは、自然が稀にもみせた神秘なしにはありえぬことであろうが、そうしたものたちを九体も封じ持っている。我々が随所で論証してきたように、天界から及ぼされた創成力の作用がこうしたことを引き起こすのである。龍涎香もまた同じようにインド東西の沿岸で採取されるのは明らかで、樹液に由来すると主張する者もおり、前述した琥珀もそのように言わているが、しかし大地の鉱脈から産するものと考えるほうに理があるであろう。琥珀や龍涎香を内に持つ樹木はどこにもなく、そうした樹木が存在するにしても、それは水中ではなく気中に生い茂るはずである。琥珀や龍涎香を石あるいは地下鉱脈の由来とみなすのは、真珠を動物種のものとし珊瑚を植物種のものとするに同じなのである。

 哲学者の《石》はこうしたもの、とりわけ珊瑚になぞらえられている。珊瑚は水中に生育して《地》から養分を吸収する。哲学者の《石》も水銀性の水から凝結し自身の増加のためにそこから身になるものはすべて取り込み、湿気の余剰は吐き出してしまう。さらに珊瑚は凝固すれば赤い色彩をあらわすが、これは古くから《珊瑚の染色》と呼ばれてきたものである。哲学者の石もまた凝固という最終段階にあたって珊瑚のような赤さを帯びるが、これがティンクトゥラと呼ばれるものである。珊瑚は《冷》と《乾》によって硬化するのであるが、石は《熱》と《乾》とによって凝固し、溶解状態において倍加する。一般的な石の性質に反するのはまさにこの点であって、石は溶解させることはできても硝子となってしまう。石の溶解状態をこれに見紛うのは賢きことではない。

 珊瑚からは、効能少なからぬ偉大な医薬も調合することができるが《哲学者の珊瑚》はそれ自体があらゆる薬効に変わる。単独ながらにあらゆる植物の医薬と同等の働きをするのである。天空の太陽は、さまざまな植物に医薬的な効果を吹き込んではいるが、なによりも自身の息子に能力を与えている。それこそが《哲学の》珊瑚、植物、動物、そして鉱物なのであり、衆目について無知な者どもの手に渡ることのないように、人知れず広漠たる海に隠れている。《哲学者の珊瑚》は水中にて非常に注意深く採取されねばならず、さもなくばその水分、血液はうしなわれ、そこには真の形状をうしなった《地の混沌》が残留するのみである。珊瑚を採集する際の最大の困難は余剰の水分を取り除くことであるが、この液体が《石》を殺し、珊瑚が硬化して紅くなるのを妨げているのである。

 
 
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