象徴三七 白煙は水、緑獅子はヘルメスの金属、悪臭の水(アクア・ファエティダ)、大いなる術を成就さす三項なり。



悪臭の水 雪白の水 緑毛の獅子

ことのはじめより術の完成を支ふものに三つのことあり

ここより他なる元素うみだす水は母のごときもの

賢き者なら識れよ 石をつくるの終わりにて初めのものなり

だが ヘルメスの鉱石は緑の獅子

また 多くの書物が章を費やしてそれと伝えてきた石とは白煙と水である


 もとより建築には三つの事柄が不可欠であり、うち一つでも欠ければ満足なものは完成しない、すなわち《礎・壁・屋根》である。哲学の合成物にもこれと同じ数のものが要求され、それぞれは斯術にふさわしい名で呼ばれている。『立ち昇る曙光』第二〇章では諸元素の分離について「そこに《地》が残され、ここに他の三元素が根付く。さもなくば元素たちは自分の財宝を納めるような新しい宝物庫を築き上げる礎を余所にもつことはできないのである」と語られている。

 この《礎》は《悪臭の水(アクア・ファエティダ)》と呼ばれる諸元素の母であり『哲学者の薔薇園』で明言されているように、哲学者らは初めから終わりまで「ここから、これによって、これとともに」万能薬(エリキシル)を調合する。《悪臭の(フォエティダ)》と呼ばれるのは、硫黄性の墓場にも似た悪臭を放つからであるが、これはパルナッソス山頂から翼馬ペガサスが蹄で蹴り出した水であり、またアルカディア山ノナクリスの頂の岩石から噴出するものでもあって、いとも過大なる力のゆえに他ならぬ馬の蹄によってのみ知覚しうるものである。『哲学者の薔薇園』では《龍の水》とされていて、蒸溜器のなかで他のなにものをも加えることなしに造られねばならず、その製造にあたっては異常な悪臭が発生するとされる。

 こうした言辞を誤解しては人間や動物の糞尿を蒸溜する者がいるが、猛烈な悪臭に包まれながらの作業の結果には汚のなかに穢しか得られない。哲学者らは堆肥の山に蠢く虫どもなどではない。ライムンドゥス・ルルスは『第五元素(クィンタエッセンティア)』にて以下のように述べる。その悪臭のいかなるものなりとも、それはやがて素晴らしき芳香へと変わるもの、ありうべく造出されるや家屋の上までも立昇り、尋常ならぬ香気のかぐわしさたるや、高遠を飛翔する鳥たちをも誘き寄せ上空に留めるほどである、と。ルルスが《第五元素》を汚物中に定めたのは、これに穏やかな熱気を加えれば芳香が放たれるからである。それを葡萄酒で実験して失敗した者たちはルルスの言辞を空言として難じたものだが、むしろ《ルルスの葡萄酒》を試みることのなかった愚かさを省みるべきである。黄金の詩聖*アウグレルリはルルスをよく理解しその『クリュソペイア』第十一巻に「アクア・フォエティダのきたる後、緑の獅子を加えよ」と唱っている。これに関連する言説は『哲学者の薔薇園』にも含まれている。「汝は緑色を、癩に冒された肉体、そのような鉱石の徴とみなしてこれを探求している。だが、これはまさしくも金属の完全化の徴であると予は汝に示すことができる。なんとなれば術によって緑色は、我らのまことの黄金へと即座に変化する、我々はそのように経験した。鉱石にしょうじる緑なしに、液体のデュネクなしに、石を得ること能はぬのだ」

 《石》造出に不可欠となる《デュネクの緑液体》は我らの鉱物から生じ、この緑素が驚くべき万物の生成を可能にする。いかなる植物も果実も緑なしに発芽することがないのは周知のことだが、我らが求めるところの生成もまた緑を必然としているのだ。哲学者はこれを《萌芽》と呼ぶこともあるが『薔薇園』ではさらに「これは哲学者の金鉱であり、我々は書物のなかでこの石をば、蒸気、煙、水、月の唾液、とも記しており、これは太陽光と結合するのである。この緑獅子は龍とたたかうものの征服されて飲み込まれる」とある。サムソンの打ち負かした獅子がそうであったように、敗北した獅子の口は芳香を放つ。勝者たる龍は、あまりにもこの獅子の血肉に満たされすぎて死ぬことになる。獅子の脂肪には発熱にたいする治癒力があることは日常的に知られたことであるし、これで聖別された王と人民の間には慈悲あふれる友愛がもたらされる。龍は、かようなものの摂取を過剰にして死ぬわけであるから、こうして死んだ龍の体から、さまざまな疾患を癒す驚くべき医薬が調合されるのもうなずけるものである。

 雪のごとく《白き煙霧》についてが第三の話題であるが、これが圧縮凝固されれば水になり、洗浄や溶解、染抜きなどの能力は卑俗の水をはるかに超え、まったく石鹸水の比ではない。この《反自然の火》は周到に扱われるべきもので、あるがままの様態に背くゆえにこのように呼ばれている。すなわち、自然が入念に配慮して構成したものを腐敗させ破壊させるのである。これは葡萄酒精(スピリット)や油に潜在する火ではないが、かなりの安定性と激しい熱を秘めた不燃性物質からつくられる。この焔は光なしに燃えるがつよい燃焼力をもつので、これを得るには手探りで闇を渡らねばならぬような非常な困難が伴う。他の箇所で充分に記した扱いによって、これを術に使用せねばならない。

 
 
inserted by FC2 system