象徴四九 賢者の嫡子は三人の父を持てり、こはまさにオリオンの如し。



輝けるフォイボス=アポロンとウルカヌスとヘルメスは

牛皮に種子を集めたりとの言伝へ

三者のすべては偉大なるオリオンの父となりけり

まさにかくともいふべし 叡智の子は三人の父より生まれしと

太陽(ソル)は第一の父 ウルカヌスはその第二

第三の父は術に於ひて極やかなり


 複数の男性と関係を持つ女性が生きた子供を孕むことはほとんどないがこれは異なる種子の混合のためである。動物にせよ人間にせよ自然は過受胎を禁じ多数豊穣を許容しない。逆に嫡子は単数複数にかかわらずさだめて一対の父母から生まれ来たる。したがって一組の両親からひとり以上の子供が生まれることはありうる。

 注目すべき歴史上の事例としては、ヘンネベルグ伯爵へルマンの妻マーガレットは一二七六年に三百六十五の子供を一度に生んだことが挙げられる。すべての子は、男児はヨハネ、女児はエリザベスの名において洗礼されたが、皆死んでオランダはハーグから一マイルほどに位置するのルースドゥイネンの海に面した教会に埋葬された。そこにはおびただしい幼児らを洗礼した真鍮の水盤とともに件の顛末を記した碑文が残っている。伯爵夫人は腕に双子を抱いた貧しい女に出会うのだが、これを姦婦と見誤った。伯爵夫人の考えでは、女がひとり以上の子供を孕み一度に生むのは、ひとりの男によるところでは不可能であるから、この女はふたりの男によって孕まされたのであろう、というわけである。しかし貧しい女には実際なんらの負うべき罪はなくなによりそれを自らが知っていたので「伯爵夫人は一年の日数と同じ数だけ多くの子供を孕みこれをいちどきに生むであろう」という呪詛を伯爵夫人にかけた。かくして只ひとりの男による妊娠においてすらこれは現実のものとなり、婦人は思い知ることとなった。この話は自然の仕業でもある奇跡であり、神罰によって引き起こされたものである。

 だが哲学の術では寓意の被覆のもと自然に反することも易々と可能となる。哲学の結実が二人も三人もの父をもつというのもまさにこの点に於いてであり、ライムンドゥス・ルルスもまた『哲学者の薔薇園』のなかで「その子供にはふたりの父とふたりの母があり火の上で物質の全体から存分に滋養されるがゆえに決して死ぬことがない」といっている。ふたつの父とは能動的な二元素すなわち《火》と《風》またふたつの母とは受動的な二元素つまり《水》と《地》のことを指す。このゆえにディオニュソスあるいはバッカスもまた《重婚の(ビマチュール)》と呼ばれる。出産に充分な発育に達するよりはやく母が焼かれた故にその胎内から取り出され、父の大腿に移植されたのであるから、たしかに《二人の母を持つ》ともいえるであろう。

 こうした主題に関してはオリオンの受胎の例がより顕著である。オリオンはアポロンとウルカヌスとメルクリウスの種子から造られたのであるが、それは雄牛の皮革にひと月のあいだ溜められたという。こうした事例はもはやただ伝説的なだけでなく奇怪ですらあるが、その背後には万人にはそれとわからぬ自然の秘奥が隠されているのである。

 ライムンドゥス・ルルスはその『遺言』の理論篇にて《賢者の嫡子》が同じ数の同じ父親たちに帰されると示唆する。ソルすなわちアポロンあるいは天の太陽は発生の最初の創始者であり言語に絶する隠れた星辰の力によって哲学者のみぞ知る内包物へと働きかけその物質が女性の胎内にあるかのようにあたたかく保つ。そしてそのなかに自らの似姿たる嫡子を形成し、相続権に従ってその顕著な性質と武器を譲り与える。それは成熟せざるを完成さす権能、そして色なきを色づけ汚れたるを浄化する活力である。太陽(ソル)が千年のあいだに完成するところをその息子は半時で成し遂げる力を有している。

 さらに、嫡子の力を父の千倍にも倍加するために太陽(ソル)は息子をウルカヌスと術者に預ける。ウルカヌスと術者は共々に働き、哲学の子を完全へと導きその力を倍加させるはこびとなる。若年からの習慣付と鍛錬がきわめて重要なのは自明の事実であるが、アキレスやイアソンもまた同様の意趣に則ってケイロンに預けられたのであった。習慣のなし得るところはクレタ人ミロの例によっても明らかであるが、これは幼少に子牛を背負うことが出来たが成人しては牛を負えるようになったという。かくして太陽(ソル)そしてウルカヌスと術者は《賢者の嫡子》の父親として示されるのはまことに理にかなっている。子は生まれた冥利を親に寄せ、魂と精神の形成をその指導者に感謝し、さらに重要なのは肉体の形成についてであるが、これは指導者も両親も感謝されることなのである。

 オリオンの誕生にあたってメルクリウスはその構成要素を調達しアポロンはこれを形作りウルカヌスは外的な暖気という作用因を与えた。このオリオンの発生に見受けられると同様のことが哲学の作業には必要である。三人の父親たちは共同してたったひとりの後裔を作り上げそのなかにこそ術師の期するものが内包されゆくのである。

 
 
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