Tomas Norton ‘Ordinal’ 第3章


タンシルスは容易ならざる探求に六〇年もの刻を費やした。西部のブライアンやホールトンなどもまた、昼夜を問わず術の実践に従事した者たちであるが、彼らはこの高貴なる学理の精髄を見出すには至らなかった。術の礎となる原料を知らず、それを誤った方法に求め、人生と財産を蕩尽してしまった。彼らが根拠とした調合法はかなりの財貨の喪失と、苦痛を強いたのである。かくて、タンシルスは涙ながらに私に訴えた。薬草、樹液、根、草葉、はては汚れた物質にまで塗れながら、誤った配合処方の示すところに人生の最良の時期を奪われ、惨苦に苛まれていた。その列挙するところは、金鳳花、罌粟、沈丁花、銀扇草、百合(マルタゴン)等、また体毛や卵、熊葛(ヴェルヴェイン)や排泄物や尿など、さらにアンチモン、砒素、花蜜、蜜蝋、葡萄酒などや、生石灰、礬類、白鉄鉱、そしてあらゆる鉱物種、合金、白金属(しろかね=アルビフィケーション)黄金属(こかね=キトリネーション)など極めて多くに渡った。しかし、これらが彼の術によって某かに変わることは無かった。というのも、己の目指すところと自然の真性ありうべき適正な配合への考究が彼には乏しかったからである。こうした物質で失敗してからというもの、彼は人間の血液以外に上手く行く方法はないと考えており、私は血液などは炎の熱にたやすく果てるものでただ煙になるだけだと教えねばならなかった。こうして彼は、主の愛のもと誠の石の材料を確と示すよう私に懇願した。私はこれに応え、「タンシルよ。汝のごとき老翁がいかなる善事をなそうというのか。この研究は断念し、祈りに身を捧げるがよかろうものを。我らの石の組成を知ったとて、調合を完遂するよりさきに汝の命数は尽きる。余生に為すべきを行うがよい。」けれども彼は、自身の帰結に心を砕くことのないよう私に望んだ。「長くもとめてきた石の材料をついに知ることができれば、それはこの上ない安逸となるでしょう」「タンシルよ、汝は容易には認められぬことを要求している。このことについて論じたあらゆる著者たちはこれを不明瞭なことばで書き記し、そして誰ひとり明らかにはしないことなのだ。むしろ、偉大な秘密を書物に記してしまうくらいなら、すぐさま現世を辞すことを神に願っていた。というのも、多くの先人は、この学問に背を向けることより紙片に委ねてしまうことのほうを恐れたからである。こうして、石の組成についての示唆をひとつふたつ以上に明らかにする著者は一人もいなかった。彼らが著述したのは秘密を世に漏洩するためではなく、その意図するところを解しうる者たちを同胞の達人として判別しようと、それで不明瞭な寓意の形式を用いているのだ。ゆえに汝は只一冊の書物を読むのみに満足してよいことはなく、様々な著述から学ばねばならない。博学なるアーノルドは一冊の書物が他への理解を広げると言っている。アナクサゴラスの博識が、数多の書の読解に煩悶せぬ者は決して我らの術の実際的な知識には到達しないと断言せしめたのは同様の想念によるものだ。我らが術の同胞がこれまで平明には説明しなかったことを慈善の目的で明かさないとしても、少なくとも出来る限り汝の問うところに単刀直入に答えることで汝に慰安を与えよう。」「師よ、有り難く存じます。」彼は応えた。「では教えてください、まことの原料は太陽(金)と水銀、あるいは太陽と月(銀)なのでしょうか。あるいはこれら三つなのでしょうか。あるいはそれは金そのもの、水銀そのものなのでしょうか。さもなくばそれら二つと硫黄が、石の原料なのでしょうか。アンモニアの塩は我らの術の真実に近いのか、また何かしら別の鉱物を使うべきなのでしょうか。」「タンシルよ、汝の提起した疑問は賢くも達観されたものであるけれども、それは原料を包括的に示している過ぎぬ。確かに、汝はそうしたものの一部も必要とするが、作業の局面に応じて術の必須に従わねばならず、他のものも不可欠となってくる。我らの石の調合には相容れぬ物質も使われようが、その実、ただ二つの物質とただひとつの石があるだけなのだ。二つのものの相違は母と子のそれのようなもので、あるいは見方を変えるならば男女の違いにも似ていよう。ふたつの物質は汝の必要とするところのすべてを供給する。白の染色素について言えばそれは石になるもののひとつであり、つぶてのごとく火に破壊されず、汝が術に通じておれば適確にそれと判るものである。しかし触感も外観も石塊には似ず、さらさらとした砂のようであり深い赤色をしている。我々はその分離した形象を我らの地のリサージと呼んでいる。始め、それは茶色あるいは赤色を呈しているが後に白化する。それは選ばれし我らのマーカサイト(白鉄鉱、(黄)鉄鉱の結晶体)と呼ばれ、その一オンスは五〇ポンド以上の価値を有するがキリスト教圏の街で買うことはできず、欲する者は調合を依頼するか自身で造らねばならない。しかし、一旦これを造れば作業を繰り返す必要は全くなくなるという利点が存する。商人達も少しばかり尊ぶものなので、先人たちはこれを小さな価値のものと呼んだが、これを拾う者は一オンスの泥土より重んずることはなかろう。これを偉大なる価値の真珠と信ずる者は僅かである。さて、かくして私は、今は世に亡き達人たちの誰よりも平明に偉大なる秘密を明かした。してタンシルよ、汝はさらに別の石を求めねばならない。これが汝の要する第一物質である。この石は最高の栄誉を附与され、瑞相に輝くものである。それは石くれとして売られており透明に輝く珍しい石塊のようにみえる。その一オンスは大概の場所で二〇シリングほどで手に入る。その名はマグネシアであるが、しかしその本来の性質はほとんど知られていない。それは高き峰の頂に、そしていとも深き地の底に見出される。プラトンはその特性を知り、それをその名で呼んだが、チョーサーは『僧の従者の物語』(カノンズ・テイル)のなかでそれがディタノスと呼ばれると言い、曖昧なる名辞をさらに絶望的に曖昧な言辞で定義した。このように、或る難解な言葉が別の言葉で明瞭に言い換えられても、ものごとを理解するのは不可能である。我がタンシルスよ、けれどもなお私は、我らがマグネシアと呼ぶものの意を汝に明かそう。マゴス《Magos》はギリシア語でありラテン語の奇跡《mirabile》と同意義である。アエス《aes》は金銭を示しイコス《ycos》は学問である。ア《A》は神である。いわばこれは数多の天来なる叡智の絡み合うところなのだ。さて汝はマグネシアのなんたるかを学んだ。——それはレス・アエリス《res aeris = 高尚なるもの》であり、そこには神聖なる驚くべき秘儀が隠されている。我がタンシルスよ、汝は錬金薬液(エリクシル)調合のための材料として、これらふたつの石を使わねばならない。はじめはそれ以上の材料は不必要であるけれども、しかし私が前述したように、種を違える別のものは我らの術に極めて有用となる。かつてこの偉大なる秘密は決して明かされたことはなかったが、我が説くところを遺憾なく充分に受け取って欲しい。そして私は、己の過度の正直さが罪とならぬよう神に祈ろう。かく記したことが世に蔓延り、苦しむことになるのが何より恐ろしい。私のいうところを解しうる者は少数であろうとも、我らの知るところのすべてを探り出すに数少ない端々からでも充分な良知良能鋭き学徒はあるものである。それでもなお、神は清廉かつ有徳の士にあらねば、確と到達はできぬようにする。いにしえの著者たちがあれほどの憂慮のもとに我らが石の材料をひた隠しにしたのは、こうした目的があったからなのである。私はそれを公然のものにした。アンモニア塩を除き、白き石の調合と、金属から抽出される硫黄種の調合にあたっては、これらふたつの物質以外に必要なものはなく、これらふたつの物質は汝の要求を充分に満たす。これらを除いて火の試練を耐えうるものはない。硫黄は燃えてその色を失うが、しかし我らのリサージに揺るぎは無い。ゆえに某かの金属や水銀から作業を始めてはならない。汝、この確固たる物質の組成を分解すれば、これを構成する要素の幾つかの部位が役に立つものとなろう。だが、中心となる物質は私の言及したふたつなのであって、それがマグネシアと、その同胞たるリサージなのである。」

 
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