院長クレマーの信仰告白 The Testament of Cremer


修道院長クレマーの信仰告白


ベネディクト修道士にして

ウェストミンスターの修道院長


以下の文書に付したるミハエル・マイヤーによる四行節


著者の趣旨から記せし文字まで いずれも人目を欺くものなり

ゆえに読者よ、こころすべし 花々の咲き乱るるところ、蛇の潜まぬは無し

 されども能うかぎり平明に語らんとする輩をば軽んずべからず

 言の葉蔭のもと秘めらるるは、真実の黄金の果実なるべし


英国人クレマーの信仰告白

ウェストミンスターの修道院長

ベネディクト修道会の修道士


私は、多くの斯術の学徒の路に、甚大な躓石となってきた、よくある曖昧な専門用語をいっさい使うことなしに、錬金術の完全かつ正確な説明を与えようと試みました。その巧みさの一切を、難解な言語のもとに、独特な思索の術へと集中させてきたようにみえる著述者たちの書物を吟味しつづけて三十年、私はここで、その自身の経験を記そうと思うのです。読めば読むほど、希望もなく路に迷った私ですが、とうとう天来の神意が私を鼓舞することとなり、イタリアへの旅路を企てさせました。それは私にとって、あの高貴で驚くべき名知識レイモンド師の門弟となる契機となりました。私は師のまなじりのなかに偉大な知識の部分的な知識を聞かせるのみならず、私の熱心な懇願によって、この島国イングランドまでも同行していただき、二年の歳月を共にしてくれるという寛大さに浴したのでした。滞在の間、師は作業の秘密をすっかり私に相伝し、その後、私はこの稀代の師を、斯様な者に非常に寛大な君主エドワードに紹介しました。王は丁重かつ誠意もって師を迎え入れ、師から無尽蔵の富の約束を得たのですが、それは王が、神の敵たるトルコ族への十字軍を指揮し、爾来ほかのキリスト教圏国に戦を仕掛けるのを慎むことが条件であったのでした。けれども何たることか、この契約は決して叶うことは無かったのでした。王は負うべき契約を甚だしく踏みにじり、わが親愛なる師に遺憾と痛恨を抱かせつつ、海の彼方に追いやることを強いました。師の受けた不当な扱いを憶うとき、今も私のこころは滾るようで、その御姿を心篤く眼前にしたいという願いはもはや抱けないことでしょう。なんとなれば師の生きた日々の規律とその思想の清廉さ潔白さは、恐るべき敵意を秘めた罪人ですら改悛させるほどのものなのです。その間にも、私と私の同胞たちは、あなたの代わりに神を前に日々祈りを捧げます。安らかにあれ、いとも聖なる師レイモンドよ。すべての叡智は神よりきたり、そして神の中で終わることはありません。知識を欲する者ならば、神にこそ、それを嘆願すべきであります、神はとがめもなく寛大にそれをお与え下さいますゆえ。あらゆる知識の高み深み、そして叡智の宝物のすべては神よりひとに与えられますが、神の中のもの、神に向かうもの、神を通じるもの、それは万物であって、神の意志なくばなにも生起しえないのですから。論述を始めるにあたって私は、すべての善の源泉であり起源である神の加護を乞います。神霊の輝く光が、私のこころを照らさんことを。そして真の知識の路を皆に示すことを私に可ならしめんことを。いと高きにまします神、世界万物ををば永遠に統治する神により、この祈りが受諾せられんことを。かくあれかし。


「世のはじめ――それは慈しみとまことに満ちて」


祈祷


聖なる主、全能の父君、恒久普遍なる神よ。御身、その唯一の嫡子たる我らが主イエス・キリストの本懐によりて、我ら卑しき者共へと聖別の清めの炎を与え給え、恵みを下されんことを。いとも慈悲深き神よ、御身の恵みによりて称えられてあれ、我らが主イエス・キリストのもとに、ひとの種の善を導き給え。


善なる主、紅き光造りし御方よ

陽光隠れ、恐ろしき混沌の再来に

確たる季節へと刻を画し給う御身よ。

嗚呼キリストよ、忠実なる者たちに光を取り戻し給え!


されども御身、天の底に星々をちりばめ

そして月の灯りをはめ込み給うた。

御身は我らに燧石の灯火を教え給い

石より産まれる仄めきより発する生命の悦びを教え給うた。


御身は真実を見通す眼光、知覚の光なり。

御身、鏡なしに、かつまた鏡とともなるものなりぬべし。

静逸を孕める無垢より流れ出でし聖別の塗油にて

染色して育んだ光をば受け容れ給え。


御身のもとに集わん、偉大なる父よ、

目にも明らかなる御身の誉が輝き放つ、御身の唯一なる子を通じ

御身の偉大なる慈愛より地上に下されし其者、

祝福されし救主を通じて。


御身の光輝、栄誉、光、叡智、威風、美徳、

そして慈愛を秘めたる彼の者が

我々とともにこの地上の時を過ごし、

光の泉へと引き上げんことを。かくあれかし。


第1章

我らが術の生命を構成する生ける水の調合法

鮮やかで純粋なる紫紅の酒石を三オンスほど用意せよ。そこに五オンスの石油、二オンスの天然硫黄、二オンスの橙色の砒素、三オンスのラビュセヌム、二オンスの柳の木炭を加えよ。これらすべての構成要素を《海神の浴槽》、しっかりと固定された硝子壷のなかに混合し蒸留せよ。この容器は一キュビトに造り、注意深く密閉して、霊気あるいは煙霧が蒸発するときに一切漏れないようにする。その色合が青ざめてきたように見えたら炉から外して冷やす。この調合は四日の間に完了しなければならない。その臭気は致死的な毒素なので吸い込まぬよう注意せよ。この水は頑丈でしかもしっかりと固定された硝子壷に保存すべきで、後の章で与えられる指示に従って使われる。もう一方の水は、汚れなき一八歳の若者の尿から二回の蒸溜をされるべきである。若者が汚れていれば、水はまったく活力を欠くであろう。

註記)ラビュセヌムとは、さる赤い物質かつ地(つち)であり、水から由来するものである。それは鉱物物質から流出し、七の月に二六日間のあいだ太陽熱にさらされた硝子容器のなかで熟成される。


第2章

三から四晩、睡眠から覚めた朝一番の汚れなき若者の水を三パイントになるまで採取せよ。それを毎晩、固定された石製容器に溜めよ。沈殿する澱は取り除くべきである。液体の透明純粋なところを一パイント濾過せよ。かなりの強酢を二グラス、二オンスの生石灰、上記にその調合法を記してある半オンスの「生ける水」を加えよ。この混合液を陶製の壷に入れ、その上部に蒸溜器すなわち純化抽出用の容器を据え付け、これらは粘土にて密閉せよ。これを炎に焼べる前に一昼夜間ねかすべし。それからこれを強すぎぬ穏やかな熱気に晒し、五六昼夜のあいだ継続的に蒸溜すべし。かくして液体が一滴また一滴と流れ落ちるが、このとき硝子容器はしっかりと封泥して煙霧も霊気も逃さないようにすべし、蒸留液が蒼ざめた様相を呈したら、それ以上なにも抽出されることはなくなってしまう。


第3章

硬く澄んで一点の染みも無い八オンスの鉄鉱石を三あるいは四割、つよい木炭の火で精錬せよ。それを充分な処女の水で消すべきだが、これについては目的に必要とされるに足るだけ第2章で記されている。そして三オンスの錫を用意し、これに短時間熱を加え、処女の水に浸すべし。鉄鉱石と錫を強く打ち、かなり小さい滑らかな板状にせよ、そしてそれが冷却し始めたら前述の水を少々与えて滋養すべし。すべてを細首の硝子容器に注ぎ込んでそれを鉛で封じよ。それを安全な場所に据えて、十月には水も漏らさぬ、高さ約一ヤードの箱を新鮮な馬糞で満たし、そこに件の容器を押し込むべし。瓶には層を成した生石灰を隣接させるようにせよ。箱の蓋を閉じ、この混合物は満月の刻まで決して見てはならない。その色彩は安定して硬化するまで変化し続けるであろう。そのように容器の底部に沈殿凝結する。箱の中で十二週を経れば、それはすっかり黒くなる。そうなってからはじめて箱から取り出し、三の月の二十日まで保存し、以下の指示に従って、さらに小片へと砕くべし。


第4章

三の月十五日ごろに、三オンスの水銀を用意しそれに半オンスの《生ける水》を加えよ。この水銀は、洗剤で浄められてよく乾かされた濾過器に五度通せ。二ポンドの鉛を溶かし込んでこれを瓶壷に注げ。それが液状になったら、そこに細い棒状の串を刺し入れ、鉛がまだ熱くもすでに安定した頃合いに串を抜き出し、そこへ水銀を注入する。量塊の全体が冷えたら、大理石の平板にこれを延ばし、そこに油を少々注ぎ、小さく砕いて、三つに分割し、小さな煤の小丸とともに混合せよ。それらは容器に封入して八日の間放置し、粉末状に砕いて、均等比の酢と《処女水》で構成された液体でこの粉末を滋養すべし。このようにして造られた柔らかい練物をば、丈のたかい硝子製の蒸溜容器に入れよ。容器の上部は粘土で密閉し、なめし革か羊皮紙を用いて硬く縛れ。そしてそれを赤熱したエニシダとオークの木炭、二十ほどの鉄粉が入った木箱に押し込め。容器を入れる前に火の加減を試みるには、そこに乾いた紙片を入れてみるがよい。もしそこに輝き燃える火が点されるならまだ充分な熱さではないが、燃え残りの紙片の薄い切端が燃え尽きるなら、熱気は強すぎるので、温度が下がるまで戸口を開いておかねばならぬ。それが適正な温度になったときには、注意深くそこにひとさじの《生ける水》(第1章で記述した)を加えるがよい。だが注意せよ。蒸溜器はただ四分の三だけ木炭に覆われているべきで、満月の刻には素早く覆いを取り除いて、進行過程が一目に見られるようにせねばならない。そのようにするときにはいつでも《生ける水》をひとさじ加える。まず初めに、混合物の色は黒くなる。その後それは白くなり、様々な色彩を経てゆく。混合物は硬くなりあるいは固定したときに、幾分か濃い気味あいの紅い色彩を見せるようになり、塩性の重厚なものになる。こうなると、もはや容器の頂きに向かって奔出したり泡立ったりはしなくなる。それは四十週の間、三月の二十五日の初めと示唆された方法で扱われねばならない。この最終段階において、混合物の硬度は容器を破裂させるほどである。この幸運な出来事が起こるときには、いとも素晴らしく香しい芳香が家屋の全体に行き渡る。それはこの最高度に祝福された調合物の誕生の日となるのである。銘記せよ、木炭の入った鉄箱はさらに別の木箱で囲われていなければならず、そのなかで調合物は空気中の有害な影響から保持されるのである。


第5章

二ポンドの純粋で柔軟な鉛、二ポンドの純粋な錫を用意し、充分に封印した上記の陶器のなかで溶解せよ。全てを三時間ほど穏やかな木の炎に焼べよ。混合物の全体が純粋透明になるまで、鉱金属の「泡沫」は除去すべし、そして四分の一オンスの紅石の粉末をそこへ加えよ。量塊の全体が赤くなるまで、それを鉄製の匙でゆっくりと撹拌する。七十二時間ほど瓶壷を取り除き、最後の三時間は、もう一度それを穏やかな木の炎に焼べる。それが液状である間は、いかなる形にも鋳造できる。それが硬化したとき、術の全ての極致が目前のものとなる。忘れるなかれ、諸手を上げて謝意を表明する祈りを全ての善を与えるものへ捧げよ。かくあれかし。


第6章

金属溶解のための耐火粘土の製造法

好く練られた焼き物粘土、あるいはタクソニウムと呼ばれる白き地(つち)を用意せよ。それを馬糞の十分の一と混合させる。瓶壷が形成され、それが半分乾いたときには、赤銅かカルダリウム銅の金属粉と赤い砒素の粉末で封をする。完全に乾いたら、その下部の全てに、第一章で述べた《生ける水》で十二時間かけて溶解された硝石を塗布せよ。


粘土の製造法

容器を留めたりそれを気密にしたりする、瀝青の、生石灰漆喰の、卵の白さをもつ、少々白いアルメニアの鑞状粘土とよく混合された《粘土》を作るべし。石油を用意し澄んで清浄な黄色にすべし。ラビュセヌムもまた澄んで辰砂の朱に輝かねばならない。

註記)れきせい:ビチューメン:古代小アジアでセメント・モルタルとして使ったアスファルト。あるいはそこから製する透明褐色顔料などの 暗褐色の塗料。


私は、私たちのこの修道院の兄弟アレキサンダー士とリチャード士が、いとも神聖なる三位一体の名の下にこの信仰告白を複写し、念入りに保管することを望む。


まず第一に、彼らには機密を入念に保持させ、欲深く無法な輩からこれを遠ざけて、われらの修道院に刻が来たときに、大修道院長と副長以外にだけこれを開示するものである。支配力のもといかなる人間にも、我らの修道院の下位の修練士にすらも明かされることのない四福音教義へと、彼らが誓いを立てるまでは、秘蹟はかれらに知られてはならない。


さらに私の願いは、ここから私は稀鉱石の甚大なる宝物を萌芽させたので、不測の事態によるありうべからざる修道院の貧窮と荒廃の際をのぞいては、術そのものの実践は私たちのこの修道院のなかでは実践されないことである。私はまた、其方等、この修道院において権力もつ者、いわば大修道院長と副長に命ずるが、私のこの最後の遺志と信仰告白を毎六十年に一度複写し、時の荒廃を経て、あるいは、普遍の思索をなすこの書かれた文字の流儀作法の変遷を通じて、読みにくくならぬようにせねばならない。


尚その上私は其方に命ずる、赤龍の血潮、必要な物質の量、其等の処方、作業をなさねばならぬ刻などの秘密を、上記した者以外の人間存在へと漏らしてはならぬ。そして私は其方に厳命する、父と子と精霊の名に於いて、其方に約束された、完全で冒涜も破壊も免れた真実を保護保管すること。其方は何時の日か、キリストの審判席の前で私に答えねばならない。私の勅令を無視するものは、生命の書からその名を抹消されるであろう。

註記)生命の書:天国にはいるべき人の名を記したもの。Rev 3:5]


マグネシアは鉄より精錬された金属である。まだ混合物が黒い状態のときには、それは黒鴉と呼ばれる。次いで白くなってゆき、これは処女乳あるいは鯨骨と呼ばれる。その赤化段階では紅獅子と呼ばれる。青くなれば蒼獅子と呼ばれる。あらゆる色彩を身に帯びてそれは賢者らに虹と呼ばれたものとなる。だがこうした名の数は実に多く、私はただこれら少数をしか言及できかねる。さらにそれらはただ卑俗の者共を混乱させ、無知なる者たちからこの神秘を隠蔽する目的で発案されたものにすぎない。こうした奇異なる言葉や名前に満ち満ちた書物に出会ったときには、すぐに傍らに放棄するがよい。それは何も教えてはくれないであろう。

註記)マグネシア:錬金術師たちが賢者の石の成分の一つと考えて探し求めた物質。酸化マグネシウムの白色粉末。


 

 
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