哲学者の薔薇園  Rosarium Philosophorum,Frankfort,1550

人間心理の探究方法に行き詰まったとき、心理学者のC・G・ユングが突如として錬金術の研究へと方針変更したという話はよく知られている。それまでキリスト教の源泉を求めて古代「グノーシス派」の資料収集を進めていたユングであるが、入手した資料のほとんどはローマン・カトリックの反駁から出たものであった。誠のグノーシスの姿は杳として知れず、つかみどころのない歴史的探究と古代宗教の源泉調査に、ユングは頭を悩ませる。悩めるユングのもとに、遠く中国から友人の分厚い書簡が届く。これが中国学者リヒャルト・ウィルヘルムのよこした道教の瞑想の書『黄金の華の秘密(太乙金華宗旨)』である。ここには実に具体的に、道教の極意たる仙術、瞑想のイメージ、生の探究が記され、東洋神秘主義の神髄が、おしげもなく開陳されていた。また、瞑想のための魔術的な道具「曼陀羅」への追究はすっかりユングを魅了したようで、そのあと一気に『心理学と錬金術』の前半「マンダラ夢」を書き上げるのである。睡眠中にあらわれる夢の心象風景と「マンダラ」の関係が、ここに活き活きと記されている。驚くほど詳細に、しかも色彩に富んだ夢中夢の数々は、全て臨床実験から採取された標本であるから、これを「マンダラ」と関連づけて、心理のメカニズム、こころの総体をあばこうとする学者ユングの熱意たるや、モノスゴイものである。研究方針に活をいれられた心理学者は、実に深く人間心理を理解した東洋の神秘に触れたわけだが、こういった心の深奥に迫る技術は、じつは西欧の伝統にも存在していたことを思い起こす。それは、西欧キリスト教社会の失ったものであり、かつ、もはや原始キリスト教のなかに求めることも困難な、純粋な生への哲学なのであった。ヨーロッパにも道教がある。ユングは旧知の友人に急ぎ手紙を書きまくり、みずからも奔走して、およそ入手可能な錬金術のテクストやら図版やら、蒼古たる化学の歴史に関する書物を収集しはじめる。かくしてリニューアルした心理学の着想は、東洋と西洋の垣根を超えて全人類的なものになる。たしかに、人間の身体を切開して治療する外科医なら、西洋人であれ東洋人であれ、南米の人間もアフリカの人間も治すことができるだろう。内臓の配列が同じであるなら、心理的メカニズムにも人類に共通するシステムがあるはずだ。このユングの信念が、いわゆる「共時性」である。こういう大きなテーマはともかくとしても、錬金術の過程を画いた図版を用いて、「転移(変容、心理的成長過程)」の問題にユングは取り組むことになる。自我意識が無意識界へと下降してゆき、時間・空間を超えて再び回復し、内的に「個」としての確固たる人格を形成する。このいささかオカルトじみた心理学者の熱意は晩年まで続き、ユングはその研究の総まとめとして『結合の神秘』を書き上げ、みずからの仕事を終えるのである。ユングがこうした人格形成過程を体系化するうえで参考にしたのが、いかに紹介する『哲学者の薔薇園』の図版群である。してみると、錬金術図版のもつ「象徴」性を評価するならば、もはや錬金術は、まったく信用を失った疑似科学というわけではなくなり、また「投影」という観点から評価するなら、錬金術師はそのさまざまな作業過程のなかで、まことに霊的に、深く激しい情動を味わっていたといえるだろう。


書誌

オリジナルの木版画は1550年フランクフルトで出版された。図版20点。また、1622年にドイツの医師ヨハン・ダニエル・ミューリウスが『改革されし哲学』 Philosophia Reformata を著したとき、ここに『哲学者の薔薇園』の簡略図版が収録された。また、同時にここには、フランクフルトの彫刻師バルタザール・シュヴァーンによる、オリジナルをもとにした図版が掲載されている。オリジナルの図版と、ミューリウスによる簡略版、シュヴァーンによる異版、合計で3つの版があることになる。

 
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